「おいヘンリエッタ。いい加減に起きろ」 肩を小さく揺すられて目を覚ますと、テーブルの上に散乱した色とりどりの紙が目に入る。寝ぼけ眼をこすりながら、記憶を思い起こす。 「え〜と…七夕の飾りを作ってたんだっけ」 「そうだ、まったくお前ときたら。何枚も紙は駄目にするし、ハサミを落として床に穴を開けるし、あげくの果てに居眠りはするし…立派なのはやる気だけか」 「そこまで言わなくてもいいじゃない。ルートヴィッヒの馬鹿っ!楽しみで中々眠れなかったんだから」 「ほらほら、こんな日にケンカしない。お茶でも飲んで少し休憩しよう」 むくれるヘンリエッタと呆れるルートヴィッヒ。ケンカするほど仲のいい二人の仲裁に入ったのは、穏やかに微笑むヴィルヘルムだ。お茶とお菓子の載ったお盆を手に、ヒートアップする前に声をかける。三人でテーブルの上を片付けている間にヤーコプが現われた。 「二人ともよく頑張ったな。これだけあれば立派に飾れる。あれを見てごらん」 箱に山と盛られた飾りを見て、目元を和ませながら窓の外を示す。その手の先には仲間たちが輪になっている。その中心には大きな笹とそれを支えるあかずきんの姿。七夕のための笹をあかずきんが森で調達してきてくれたものだ。余談だが、勘違いをしてモミの木を何本か切り倒していた。 「わぁ…すごい!でもあんなに大きかったら私じゃ上の方まで飾り付け出来ないわね…」 「安心しなさい。俺が抱き上げて手伝ってあげよう」 「兄さん、ずるいですよ。ヘンリエッタ、僕も手伝ってあげるからね」 愛らしくはしゃぐ妹を挟んで、一見するとにこやかに微笑む長男と次男の間に静かに火花が散る。その様子は何だか既視感がある。五年ぐらい前の晩餐に似たようなことがあった気がする。 「というより、ヤーコプ兄さんもヴィルヘルム兄さんもどうしてそうなるんですか!? 普通に笹を倒してから飾り付けすればいい話でしょう!!」 あ、そうか、と口元を手で押さえる少女と、冗談だと笑う兄二人にルートヴィッヒは全身の息を使ってため息を吐いた。 「ふふふ、これに願い事を書くのよね〜。楽しみだわぁ」 ラプンツェルは羽ペンを片手にウキウキと呟く。彼女の前に置かれた短冊にはまだ何も書かれていない。どうやら願い事を考えるよりも心躍ることが彼女にはあるらしい。 「そうだよな〜、美味いものが食いたいって書いたら叶うかもしれないんだろ!楽しみだよな!!」 「相変わらず情緒というものが欠片もない野性児ですこと」 「違うわよ、あかずきん!いい?今日は一年に一度しか会えない恋人たちが再会できる、とーってもロマンチックな日なのよ!このムード満点なイベントに便乗して秘めた想いの告白!!なんならこのイベント限定アイテムの短冊で想いを伝えるっていうのもいいわね!イベントの補正で好感度も急上昇!!みたいな」 自分にしか分からない用語を織り交ぜ、ラプンツェルは力説する。何となくニュアンスで適当に理解したハーメルンが、やれやれと頭を振った。 「こんな色気より食い気のお子様通じる訳ないだろ。あとそれやったらすっげえサムいし。 あーでも約一名しそうなのがいるな」 「ハーメルン、どうして私を見ているのかな? 確かにその方法は女性の心をくすぐるかもしれないが…」 「いや、だから、すっげサムいだけだろ」 「それは…まぁ、いわば格の問題だろう。君やあかずきんなら残念ながら不似合いだろうが、私なら…」 みなまで言わずに蛙の王子は微笑んだ。その表情は清々しいまでの自信に溢れ、とても雄弁だった。ついでに無駄にキラキラしていた。 「ですが、本来願い事を書くべきものを利用するなど無粋な気がしますね。 ましてや願いなどという曖昧なものに頼るなど、いえ…自分以外を恃みにするなど、既に無様な負け犬。 願うまでもなく、実力で手に入れるものでしょう」 「そうですわ、お兄様!志の低い者にあの娘を渡す訳にはいきませんもの」 冷笑するいばらの王子と、この中で唯一利害の一致するいばら姫は意気揚々と揃ってムチを取り出す。彼らの言う実力とは実力行使の略だったようだ。 「…何か、オレ、今ケンカ売られてないか?」 「奇遇だね、あかずきん。…私もそんな気がしていたところだ」 「おーおー、頑張れー。それとばかずきん、そっちの王子もお前のこと何気に馬鹿にしてたぞ」 「ばかずきんって言うな!!てか蛙もかよ!」 「君こそ、私はもう蛙ではない!!」 「ついにあの娘を巡ってのサドンデスね…!」 ケンカっ早いあかずきんと、誇り高い蛙の王子は自身のことと、それ以上に聞き捨てならない宣戦布告にメリケンサックとサーベルを構える。そんな二人をわざと煽り漁夫の利を狙うハーメルン。一歩引いてそれらを眺めるラプンツェルは抑えきれないトキメキで胸いっぱいだ。 「何でこっちもこんなに殺気立ってるんですか…」 「うーん、ちょっと困ったね」 「確かにな。せっかく晴れたというのに、血の雨を降らせてもらっては困るな」 冷静なグリム兄弟の、特に末っ子のぐったりとしたもっともな嘆きは、悲しいかな誰の耳にも届かない。当事者不在のまま、戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。 「ちょ、ちょっとみんな!どうしてケンカしてるの!?止めなさい!!」 その争いに待ったをかけたのは、鶴の一声ならぬヘンリエッタの一声だった。慌てる彼女の腕の中で、黒い子猫が呆れたようににゃあと鳴いた。 「で、お前は一体どこに行ってたんだ?」 「あ、ちょっと子猫さんがいたから、独りだと可哀相だし、一緒にどうかな〜と思って…」 腕を組んで問うルートヴィッヒから、微妙に目を逸らしながらヘンリエッタは答える。明らかに怪しい態度に、また厄介事か今度は何をした、と何らかのトラブルがあったと決めつけどう追及しようか迷う。その横でヤーコプは無言で考え込んでいた。 目を眇めながら、じっと見つめるヤーコプの鋭い視線から逃れるように子猫は肩をよじ登り、首の後ろに隠れようとする。 「兄さん、駄目だよ。そんなに怖い顔をしたら。すっかり怯えちゃって…」 「そうか?俺はこれでも小さな動物には割と好かれる方なんだが…と」 最早弟の怖い顔発言はスルーしながら返事をする。その間もヘンリエッタ―正確には必死に縮こまる子猫―から視線を外さす、少しずつ間合いを詰めていたヤーコプが素早く手を伸ばした。車椅子であることを忘れさせる、まさに電光石火の早業。 怯える哀れな子猫は一瞬後には首根っこを掴まれぶら下げられていた。額を突き合わせるように睨みながら、静かな怒りを込めて言う。 「どうしてお前がここにいる、夢魔?」 『夢魔!?』 幾人かが驚きの声を上げ周囲がざわめくが、ヤーコプは片時も目を逸らさずに苛烈な瞳で威圧する。未だに子猫の姿の夢魔は全身の毛を逆立てて…硬直している。ちなみにこの状況、何も知らない者から見れば立派な動物虐待である。 「相変わらず独りで寂しそうだったから、この間夢に出てきたときに誘っておいたの」 「ほう…夢に、か」 静かな呟きとともに、瞳がさらに剣呑な光を帯びる。ザワリと音を立てて身に纏う空気が変わった。 「お前は優しいいい娘だし、そう思うのも無理もないかな…」 「ちょっと、ヴィルヘルム兄さん、それでいいんですか!?アレ夢魔ですよ!!」 唯一のつっこみ役とも言えるルートヴィッヒが声を上げる。置かれている状況は同情を誘うが、彼女にしたことへの怒りは忘れてはいない。 人差し指の先ををちょんと合わせてしょんぼりした妹に最速で絆される次男。長男はまだ承服出来かねる様子だったが、しばらくして子猫姿の夢魔を地に下ろしてやる。 「夢に現われたという時点で本来なら許し難いが…今回はあの娘に免じて許してやろう」 「あ、でもその姿は止めてもらうよ。仔猫だからってさっきみたいに近寄ったら」 「死ぬほど遊んでやるから、覚悟しておけ」 「…分かった」 いつもの姿に戻り、三人分のプレッシャーに耐えながらようやくそれだけ口にする。こんなことなら、やはり来ない方がマシだったかもしれないと少し思う。 「よかったわね、夢魔!」 「ああ、アンタも…ありがとう」 この姿のときには無縁の―というよりこの姿を知る人間はほとんどいない―太陽のような笑顔に、青白い頬を少し赤くしながら夢魔は礼を言う。ここに来たからこそ、この笑顔が見れたというなら悪くはない。 「「「………」」」 たとえ、魔王と対峙する以上の緊張を強いられようと。 そんな哀れな夢魔とグリム兄弟のやり取りに、ラプンツェルは大層驚いていた。まさかあの子猫が夢魔だったなんて… 「大変よ、あかすきん。獣耳に尻尾っていうあなただけのシェアに踏み込まれたわ」 「?シェアって何だ?」 「つーより、見た目だけならホンモンの猫だろ」 「王子だってのんびりしてる場合じゃないわ。変身してあの娘に抱っこされるっていう、他キャラには出来ないおいしいポジションがピンチよ」 「いや、私はもう蛙にはならないんだが…」 「というより、猫と蛙では勝負になりませんわ」 「あの姿は生臭くて不快なだけですから」 「おまけに何度か食われかかったしな」 ラプンツェル曰くのキャラ談義及び属性被りへの警鐘は新たな火種をここに生もうとしていた。 笹をみんなで飾り付けて、星々がさざめく空の下で仲良くごちそうを食べる。にぎやかで和やかな―実際は密やかな牽制が各所で行われていたが―時間を過ごした。ちなみにその牽制は実に巧みで、白鳥の水面下のバタ足のようにヘンリエッタには感知されず、彼女一人は純粋に楽しい時間だったと思っている。 寝転んで見上げた天の川の向こうでは、引き離された二人が年に一度の幸せなときを過ごしているのだろうか。 こんな綺麗な星空だ、きっとそうに違いない。そうしてきっと願いを叶えてくれたのだろう。 星の向こうの恋人たちが願い事を叶えてくれるなんて、とってもロマンチックだ。 それが誰かの幸せを願うものなら、誰かを愛しく想うものなら素敵だ。 みんなはどんな願い事を書いたのだろう。それが優しいもので、叶えばいいなと心の中で願った。 「だって私は叶ってるんだもの」 ヘンリエッタが書いた願い事は一つ。 『みんなといつまでも仲良しでいられますように』 最後はいいお話で、締まってますか…? …なんというか、いばらの王子の暴言すみません。あれは挑発のためですので本心ではないはずです、多分。 逆ハー…になっているんでしょうか? でもノリだけで書いたのですっごく楽しかったです!! back |